藤井碧峰
1990年2月富山県砺波市生まれ。平成生まれの若手書道家として、古典臨書に基づく正統派の書が持つ本物の字の良さを追求しながら、現代的で、誰よりも敷居の低い、身近な書道家を目指して活動しております。第七回比田井天来・小琴顕彰佐久全国臨書展 天来賞受賞。令和元年、日本三霊山 立山山頂 雄山神社峰本社に看板奉納。
INFORMATION
割れた筆の直し方については以前書いた投稿があるのですが、今回は筆の洗い方について書道用品メーカー様のご協力もいただいて、より専門的な視点から画像を多用して説明をしていきたいと思います。
全てがメーカーさんの公式の見解というわけでもなく、私の知見も織り交ぜております。当然自己責任でお願いしますが、困っている方の参考になれば幸いです。
目次
筆を使い終わった後は墨が固まる前に、筆の毛の根元部分を指で揉んで、極力ぬるま湯にて洗います。
ぬるま湯の理由として墨は冷たい水より温かめの水の方が溶けやすいためで、温度が高すぎると軸と毛をとめている接着剤が溶けて抜けたりする可能性があるので要注意です。
ある程度抜けても、筆の根元を握ったりすると案外墨が出てきたりするので、これを繰り返して根気よく墨を抜きます。
私は一気に何本も筆を洗ったりするので水を流し続けるのですが、水道代が気になる方はタライなどで絶えず水を入れ替えながら、黒い汁が出なくなるまで洗ってください。
半紙2~4字用でも10分ほど掛かるかもしれません。
この墨の抜ける時間には、墨の質・価格もそれなりに影響しています。
高い墨の方が原料が良くて抜けやすかったり、墨液より固形墨を磨ったほうが抜けやすかったりします。
そもそもは固形墨のほうが墨液より筆に優しく、逆に筆を書き手の使いやすいように育ててくれたりします。
筆を洗う際、軸の中にも墨が入っていることをイメージしましょう。
この部分の墨を取り除くことで毛が切れたり、割れたり、腐ることを防げます。
流し台に力強くドンドン押し付ける洗い方もありますが、一説によるとこれは筆の根元を縛っている糸が緩んでしまい、筆が外に広がったり毛が抜けてしまうようです。
やるとしても優しく、筆を横にして洗うと筆への負担が減ります。
番外編ですが、筆の根元に口をつけて中の墨を吸い出す方法もあります。
汚そうですが飲み込むわけではありません(笑)
吸い出して吐くという方法です。僕は勢いで飲み込んでしまいそうなのでやめておきます。
当然ある程度洗ってからやるので、口の中が黒くなるということは無いようですが、歯科衛生士さんに見られた際に「歯が黒ずんでいますね」と言われないか気になります。(←興味あり)
太筆の洗い方は主に久保田号様のホームページ【筆に関するQ&A】を参考にさせていただきました。
筆は使い終わった後は不要になった半紙に水を垂らし、使用した筆先部分を当てて墨を拭い取っていきます。
段々薄くなっていきますが、完全に無色になるまで拭う必要はありません。
一番大切なのは糊で固めてある根元部分で、これが崩れてしまうと穂先が尖らなくなるので要注意です。
ちゃんと手加減できる人にしかおすすめできませんが、私は流水で洗ったりもします。
この際にも完全に墨を出し切ることは意識せず、横に不要な紙を置いておき、ある程度色が薄くなれば完了です。
ちょっと根元が崩れ過ぎたという場合は、あえて墨で固める場合もあります。
ヤマト糊を薄めて固めたこともありますが、思い切り固まってしまったりするので、自分には難しかったです。
なお瞬間接着剤で固めていた人もいますが、やった瞬間に筆終了です。筆メーカー側では布海苔を使っており、あの程よい粘り具合はなかなか出せるものではないですね。
諦めて買った方が、次回気をつけようという気持ちになるかもしれません。
筆を洗った後は太筆の場合、軽く水分を拭き取って穂先を円錐状に整え、筆掛け等に紐で吊るして保管します。
筆掛けがなくても100均にあるフックでも良いです。
またこの画像のようにクリップでどこかに筆の紐の部分を吊るすのもありで、要は穂先が下になるようにしてほしいということです。
軸の中や根元に残っていた墨も、吊るしておくと穂先に下りてきたりしますので、それにより筆の割れを防ぐことにも繋がります。
小筆の場合寝かせるだけで良いと思いますが、私は穂先だけ不要な紙に当てたりして水分と一緒に出てくる微量の墨を抜き取っています。
水気を切るために筆を振り回す人もいますが、これもまたバサバサになる原因です。
筆を洗わないという地域もあるそうですが、洗った方が寿命が延びる傾向にあります。
洗うべき理由をここで紹介させていただきます。
根元に墨の塊ができてくると、穂先が円錐状ではなく、広がっていこうとします。
チューリップのように割れる場合は大抵根元の墨に原因があると予想され、筆が乾燥している時に根元部分を触って確認しましょう。
新品の筆や、割れていないお友達の筆を触ってみて比較できれば一番良いですが、画像の矢印箇所をつまんでみて硬さが感じられた場合、根元に墨の塊ができているかもしれません。
筆を洗わないということは、筆の中で宿墨造り(固形墨の持つ寿命を水中で数日で終わらせること)をすることになり、また空気中から細菌を拾い培養することにもなります。
ビニール袋等に入れたままにしておくと、カビが生えたり毛が折れることもあります。
宿墨化することで膠の力が弱くなり、表具をした際に残念な仕上がりに可能性があります。
これらの内容(以降の内容も含む)については墨運堂様の墨のQ&Aページより一部引用しましたが、もっと詳しく知るには直接ご覧ください。
非常にマニアックで専門的な説明なので、定期的に読んでは唸っています。
【使用後の筆は洗った方が良いのですか。】
【宿墨は良いのですか。悪いのですか。墨色の変化についてはどうですか。】
膠の乾燥皮膜は固くて割れ易いため、毛に墨が付着すると毛が折れ易くなります。
筆を毎回洗った方が何倍も筆の寿命が延び、手に馴染んでいきます。
(特に羊毛筆)初心者用の墨液は粒子が粗いため尚更ですが、一度固まると元に戻すことが困難(筆の扱いに慣れていない方にはほぼ不可能)です。
物を自分で準備して片づけることは、習いごとのなかでも大切な要素です。
子供ではなく親御さんが洗えばより丁寧に洗える可能性はありますが、子供が考えて何かをするということを貴ぶなら、失敗は付き物であるものの、やり方を教えて自分で洗わせた方が良いかもしれません。
短鋒(毛が短めの筆)なのに乾燥状態でやけに穂先が広がっている。(根元に墨の塊がある)
洗った後の筆がチューリップの球根状態になっている。(根元だけ太くて、穂先に向けて一気に細くなる)
ちなみに正しい形はこちら。
<その1>
筆のショック療法と言えるやり方で、壊す前提の行動ですが、こちらの動画のようにぬるま湯を流しながら思い切り硬いところにトントン当てて、根元を柔らかくしていきます。
時には親指の爪を根元の塊に刺すようにして入れて、塊を崩していきます。
以前先端の尖ったもので塊を壊しているところを見たことがありますが、それだと毛の根元を思い切り傷つけてしまうので、やめておいた方が良さそうです。
<その2>
ペットボトルにお湯を入れて【筆シャン】を投入し、しばらく放置してみましょう。
この方法では<その1>の方法で、お湯でも溶けなかった墨の塊が溶ける可能性があります。
たまに台所洗剤を使用してこれをしている人もいますが、これだと力が強すぎて膠成分や合成糊剤を変質させてしまい、根元に残ったその成分が後々作品の表具性に悪影響を及ぼしてしまう可能性があります。
(*筆シャンの場合も入念に根元からシャンプーを抜き切ることが重要)
【筆シャン】の商品ページはこちら
仿古堂様ブログより
【筆シャン誕生ストーリー】
<その3>
諦めて買い替えましょう。安い筆ならこれが一番おすすめかもしれません。
もちろん一度は割れた筆を直すことで、筆への愛着が増すと思うので、一度は挑戦していただきたいという気持ちもあります。
一方で、あなたの一時間当たりの労働単価を考えてみましょう。
筆を直すのに1時間掛かるなら、買ってしまった方が時間の無駄にならないかもしれません。
直ったとしても新品の気持ちいい書き味に戻ることはあまり無いでしょうからね。
<予想1>筆が乾いている状態で硬いものに押さえつけたり、保管の仕方が雑。
→動物の毛は乾いている時に揉み過ぎると傷みやすいですが、一本一本が完全に濡れている時は問題ありません。
人間の寝ぐせに似たようなものかもしれません。
ちゃんと穂先を円錐状に直した状態で筆を吊るしている人は綺麗に保てている傾向があります。
<予想2>筆圧が強い人は筆が割れるのが早い。
→筆圧の掛け方にもよると思いますが、直立状態になることが多い人は、紙に押し付けた際に毛が多方向に分散されるため、それを繰り返すと穂先のまとまりにくい筆になるのではと想像しています。(あくまでも想像)
<予想3>筆が乾くようにドライヤー(ファンヒーター)で温風を当てている。
→人間の毛と同じで熱風には弱いため、縮れた感じになってしまうので絶対駄目です。
私も小さい頃によくやりましたが、これだと穂先が円錐状にならず、開いていきました。
自然乾燥が一番ですが、極力風通しの良い場所にて筆を吊るしておくのが良いです。
その場で筆を洗わず、各ご自宅で洗っていただいている藤井碧峰書道教室流のやり方ですが、使った後の筆は不要な紙に墨をある程度拭い取り、穂先部分を不要な紙で包み、筆巻きで巻いて紐で縛り、帰宅後に筆巻きから出して洗う、という流れです。
これによって筆に残った墨が垂れて、カバンの中が大被害になるのを防げます。
教室に来る際は筆が乾いた状態で筆巻きに巻いて持ってきていただいています。
筆巻きがあればカバンの中の他の荷物に影響されず、変な癖がつかないので地味に重要な道具です。
こちらでは藤井碧峰書道教室で起こった事件?や、身の回りの書友との会話でのあるあるを紹介いたします。
新品でそうなってしまった場合は、筆の製造過程に問題がある場合があります。
筆の製造過程では毛の根元を麻糸で結び、焼きゴテを当てすばやく焼き締めます。
これによって根元は固まっているというのが前提ですが、これが中途半端であったり中国の筆の中ではその作業が為されていない場合もあり、これが毛の抜ける原因となったりもします。
私もこのパターンを何度も経験しておりますが、普通ならある程度洗っていれば墨が抜けるのが落ち着くのですが、延々と墨が抜け続けたり毛も無数に抜けたりする感じです。
もちろん新品だと根元にまで届いていない毛が抜けたりしますが、これにも限度があるというところです。
毛がごっそり抜けた場合は、その筆と毛を持って行って購入した書道用品店を通してメーカーに伝えていただくと良いでしょう。
書道教室の先生から購入した場合は、先生を通してそうしていただくと良いですね。
一方で本当に力で根元を引っ張ったりしていた場合は論外です。
さすがにそんな前提で筆は作られておりませんので、自分の髪の毛、頭皮のように大切に労わってください。
大事なのはあくまでも筆の根元に溜まった墨を出すことです。
物事における重要なことは表面に見えている部分ではなく、意外と表面化していないところにある、ということを覚えておきましょう(何の話)
冷水で洗って墨が出なくなっても、ぬるま湯で洗えば墨が出てきたりします。
筆シャンで洗えば更に墨が出てきたりします。とにかく根元の墨を根気よく出すことが大切です。
油分がついて墨の含みが悪くなりますのでやめておきましょう。
少し使った方が良いかもしれません。
筆は使って洗ってを繰り返すうちに、少しずつ灰色になっていきます。
これは墨の粒子が毛に入っていくためであり、何度か筆を使ううちに弾力がついて書きやすくなったりもします。
どうしても新品の筆を使う際は多少の抜け毛があることもあり、書き初め大会などの勝負時には事前に使っておいた方が良いのかもしれません。
本当かどうかはあなた次第。でも我々の世界では筆メーカーさんも墨メーカーさんもそう仰います。
要は、油煙墨よりも松煙墨のほうが煤の粒子が粗いため、根元の毛と毛の隙間にダムを作ることができ、その後に筆を使用した際に墨が奥まで浸み込んでいくのを防げるようなイメージです。
それも固形墨を磨った松煙墨でです。
羊毛筆はどうしても柔らかくて扱いにくいのですが、事前にこれをやっておくことで少しシャキッとします。
その後も筆を使って、ちゃんと洗ってを繰り替えることで、腰がしっかりしてきて羊毛筆はあなた好みの良い子になります。
油煙墨と松煙墨の違いについては墨運堂様のこちらのページを参照されると良いです。
短い時間なら大丈夫だと思いますが、墨は空気に触れている間にどんどん劣化していきます。
その状態で作品を書いて表具した場合に、墨がちゃんと紙に定着せず流れてしまうことがあるリスクは覚えておく必要があります。
またこのやり方をして筆が根腐れする人もいるとのことで、細菌の作用が何かしらあると想像されます。
そもそもは墨を出しっぱなしにしておくと水分が蒸発して、段々濃くなったりして書きにくくなるという話でもあります。
木工用ボンドで直したりします。
根元にボンドを塗って、奥のいけるところまで差し込んでください。
大体の奥行きの長さは軸の直径と同じほどあります。
瞬間接着剤を使っていた時もありますが完全に固まってしまい、高い筆だと後々メーカーに修理に出すこともあり、手の付けようが無くなったりするのでおすすめできません。
・筆洗いの要は筆の根元
・ぬるま湯で洗う
・小筆は墨を優しい拭う程度でガンガン洗わない
・洗った後は穂先を下にして吊るす
・安い墨より高い墨の方が洗いやすく筆に優しい
・墨液より固形墨を磨った方が筆に優しい
・割れたら無理に抵抗せず買い替える
絶対駄目です(笑)
書いてあることがお伝えできる全てという前提で、くれぐれも私に問い合わせは絶対しないでください。
世の中の物事の多くは答えを知ることよりも、問題解決の仕方を知ることの方が大切です。
私の記したことはあくまでも一つの考え方で、「違ってない?」と思った方もこれを機にご自身の頭で考えられると良いなと思います。
こちらの記事では書道家としてメーカー様の知見もお借りしながら、筆の洗い方について深く迫ってみました。
これまで書道専門誌等やインターネット上でも筆の洗い方について見たことがありますが、それぞれに書いてあることが違ったりして、私のほうでは投稿をずっと控えていた内容でもあります。
今回はそれらの情報も大体集めて、自分でそれなりに理解して、実験した経験も得られて書くに至りました。
それでも完璧なものではなく、人それぞれの洗う時の力加減や水温、筆の銘柄も大きさも違うわけなので、各自の想像力が大切だというのが結論です。
筆が書道をより楽しくさせてくれるのですから、皆さんも大切に扱ってくださいね。
私も沢山の筆に囲まれて仕事をしています。
筆が無ければ楽しくない人生だったろうし、そもそも安いものもあれば恐ろしく高いものもあるので、大切にする他選択肢はありません。
最後にこの記事を作るにあたってお世話になったメーカー様の紹介をさせていただきます。(五十音順)
【筆】株式会社 久保田号様 HP<https://www.fudeya.com/>
【筆】株式会社 仿古堂様 HP<https://houkodou.jp/wp_2020spring/>
【墨】株式会社 墨運堂様 HP<https://boku-undo.co.jp/index.html>
皆様に快く掲載の許可をいただき誠にありがとうございました。
今回は筆の洗い方を紹介するうえで、ネット上に記事があるという前提で3社にご協力いただいたのですが、いつも多くのメーカー様にご協力いただいて書道家として活動をさせていただいております。
この素晴らしく、楽しい書の文化がより発展していけるようにと、僭越ながら私が書道家の身分で書かせていただきました。
今後も何か自分で調べたいと思って、このホームページに記せる内容がありましたら紹介させていただきますので、今後ともよろしくお願いいたします。
筆の洗い方、直し方が気になる方にはこの記事もおすすめです。
【書道家が答える書道教室・習字教室質問あるある集】
【<豆知識>割れた筆の直し方①】
【<豆知識>割れた筆の直し方②】
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