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【研究】高い筆(主に羊毛筆)と線質(渇筆)との関係

1000円程の筆から30万円程の筆まで

【研究】高い筆(主に羊毛筆)と線質(渇筆)との関係

事業始めて間もない頃に「安い筆は安物買いの銭失い?」という投稿をし、それが結構多くの方に見て頂けている記事なのですが、今回は更にマニアックにいこうということで、羊毛筆の渇筆について筆の価格との比較検証をしながら深堀りしてみたいと思います。

というのも、書道をされている人で高い筆を持っているという方はそこそこいるのですが、「安い筆と高い筆は何が違うんですか?」という質問をされた時に、ちゃんと説明できている人が少ない気がするからです。(私です)
となると、「ン十万の筆持っている」と言ってるだけの自慢している嫌味な人にしか見えないのですね。やはり自分としては更なる飛躍を目指して、表現幅を広げるためにやっているのでそこを具現化したいわけです。

この記事は日頃大変お世話になっている筆屋さんの応援の意味合いも強いです。最近は高い筆もなかなか売れにくいということで、高い筆は何が良いのかという点でも触れたいですね。その筆屋さんによっては筆のランクと価格帯との組み合わせにバラつきがあり、筆とは価格で簡単に判断できるような単純なものではなく、それぞれの筆屋さんごとに”味”と呼べる良さがあるので、価格はさほど参考になりません。

なお、こちらの記事の内容は実際に書いて試した一個人の意見であり、”この価格帯の筆を買えばこうなる”という短絡的なものではないことを承知のうえ読み進めてください。羊毛筆も1本1本微妙に差があったり、使い込むことによって線質が変わったりもします。極力科学的にいきたいものですが、あくまでも一つの事例です。
そのため、ヘルプセンターでは無いのでご意見、問い合わせ等送られるのはおやめ頂きたく。その時間があるならばその方も自分で道具揃えて試してご自身のメディアで投稿して頂ければ幸いです。

【研究】高い筆(主に羊毛筆)と線質(渇筆)との関係 

高いというとあれですが、私が求めるものは”筆としては小さいけど高いもの”というのが今回のターゲットです。
いわゆる高級羊毛筆で、価格はピンからキリまであります。
最高峰の毛質のものも穂径が大きくなると(太さ)それだけ毛の量が増えるわけなので高くなりますし、長い毛というのもなかなか数が揃わないものなので高くなる要素です。

良い毛質とはどういうことかと言いますと、色んな意見があるとは思いますが毛の細くて素直なもの(他の方のお言葉をお借りしました)ということです。毛が細いと柔らかくなり扱う側の技術も問われますが、表現が多彩になる気がします。
だからと言って、高い筆は何でもこなせる、という意味でもなく、あくまでも使用用途によって使い分けなければなりません。
毛が細かいことによって微妙に空気が入ることで繊細かつ華麗な渇筆となったり、また墨の含める量が多くなるので、墨持ちが良くなるという点も挙げられそうです。
硬い筆は段々先が切れていくため消耗品という感覚ですが、羊毛筆においては寿命が長く、使い込んでいくことで自分に馴染んでいく点も素敵ですよね。

今回使用する筆は6本です。

こちらは記念出場?の(A)学童用筆です。これは兼毫筆(2種類以上の毛が混ざる筆)で、税抜き1,300円です。
【研究】高い筆(主に羊毛筆)と線質(渇筆)との関係

こちらの5本は羊毛筆。羊ではなく中国の山羊(ヤギ)の毛です。
右から順に(B)5,000~10,000円、(C)20,000~30,000円、(D)40,000~60,000円、(E)100,000~150,000円、(F)300,000円の筆という設定です。(あえて曖昧な価格にしています)
長鋒、中鋒という長さの差による線質の変化もあります。
各社に偏りの無いように選んだ筆ですが、あえて銘柄はお見せしません。

【研究】高い筆(主に羊毛筆)と線質(渇筆)との関係

今回比較のための題材としたのが褚遂良の枯樹賦です。
臨書というよりは、その文を基にして書いているという風に見て頂ければと思います。

条件としては、
・紙は同じ(紅星牌の半値程度の紙)
・墨の濃度はそれぞれの筆の美味しいところを引き出せるように
としております。
写真の編集の都合上、色合いが変化しますが、温かい目で見てください。

まずはA、B、Cの筆で書いたものがこちらです。
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D、E、Fがこちら。
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全体図はこちら(画像クリックして拡大できます)

さて、ここからは細かく見ていきたいと思います。

A
【研究】高い筆(主に羊毛筆)と線質(渇筆)との関係
B
【研究】高い筆(主に羊毛筆)と線質(渇筆)との関係

A、Bは渇筆というより”かすれ”で、あっさりとした雰囲気に見えます。
形としては精一杯枯樹賦のそれを意識して書いているのですが、それ以上でもそれ以下でもない、面白みに欠けます。
また、筆の墨の含みがさほど良くないので、一字ごとに墨継ぎしているような感じです。
かすれが出た時に下側(筆の腹側)が浮いてしまうのも、線の厚みを減らしている要素に見えます。
一方で素直で扱いやすい筆ですので、柔毛筆に慣れていない人が通る登竜門ではあります。

C
【研究】高い筆(主に羊毛筆)と線質(渇筆)との関係
D
【研究】高い筆(主に羊毛筆)と線質(渇筆)との関係 

Cは私が普段の制作でよく使うクラスのもの。墨含みが良いので2~3字まとめて書けるため潤滑がハッキリ出ます。
DはCより少し長めの毛で細身なのですが、更に墨持ちが良いので、字の最終画付近も墨の余裕があります。

E
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F
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Eほどになると扱いが一気に難しくなります。筆に腰が無いので、自分でバネを作って扱ってあげる必要があります。この作品だと筆を活かし切れていないところもあり申し訳ないですが(筆くんすみません)、どことなく繊細な表現ができるように。
Fは自分の持つ最高峰の筆の一つです。いたるところにポコポコと細かい渇筆が生まれます。墨持ちが良いので持たせようとすると何字も続きそうな感覚に。
E,Fほどの筆になると、筆の持つバネは弱くなるのですが、紙に吸い付く感覚が味わえます。これによってより繊細な表現が実現できるようになると考察しているのですが、その一方で力任せに書くと良さを引き出せないというところです。私自身も昨年手に入れた時はまともに扱えなかったのですが、1年経って使い方への理解が深まりました。

この比較研究で分かったことをざっくりまとめると、渇筆の表現として【ポコポコ出る渇筆線】というのがあるのですが、高級なほどポコポコが段々細かく、繊細に美しく出るという点が挙げられます。
パッと見た見栄えで言えば黒が程よく活きるCくらいが良いのでしょうが、”雅(みやび)”というものを求めると高級筆から生み出される雰囲気というのは、お金には代えがたいものがありますね。高級筆は線の中に渇筆という形で白を作るので、全体的に白が多くなるイメージです。この良さに気づける書道家でありたいと思いますね。 

なお、このポコポコは誰でも出るわけではありません。(お好み焼 道とん堀の店員さんみたいになってきた)
いつも周りの書道愛好家から「藤井さんはこの渇筆が良いよね」って言って頂けるのですが、最近競書誌でも気づくようになりましたがあまり出る線じゃないようです。
このポコポコのおかげで作品に味わいが増え奥行きが出るのと、作品に温かみが出るのだと感じています。

ただポコポコを出すには「ぽんぽこぽん」と言いながら書けば良いというのではなく、ある程度の墨の質・濃度・含ませ具合、墨と紙と筆との相性、その日の体調等複雑に条件が絡み合って生まれます。
またポコポコはどの作品でも出せば良いかと言うと別で、やはり求める作風に合わせて渇筆殺しをしながら書くという風にしています。

競書誌で作品を紹介して頂きました

こちらの作品はCほどの筆で書いたものです。

他の作家の方もそれぞれに羊毛筆ならではの素敵な渇筆を出される方がいらっしゃいます。
毛質が細かいからこそ出てくる線がある一方で、扱い方による差が出やすいとも言えます。

それを狙って早くから羊毛筆を使って真似しようとする方が多いのですが、それは何か違うなと感じたりします。
あとは高級な筆ほど真っ直ぐな線を引きにくくなるのですが、ある程度は筆の進みたいようにしながら、それでも意図的に線を揺らさないことが大切だと感じます。結局柔らかいものを使ってもそれなりに素直な線を書く技術は必要です。

また、私がそうしてきたから、というのもありますが、兼毫筆から徐々に柔らかい筆に変えた方が、筆の中の芯・バネとなるところの感覚を掴みやすくなります
当然初心者でも”力”で出せる線もあるのですが、人が出せない線を出せる方が私は貴いと思っています。(書は線の芸術なので)
高い筆ほど長鋒気味になりがちですし、慌てることなく徐々にステップアップすることが良い道を作ることになることでしょう。

そして高いお金を自己投資だと思って出して、質の良い筆を手にすることは書へのモチベーション向上にも繋がります。
表現幅を広げることも確かですが、その前に扱えるようになるためのステップというのも、成長していくうえでは有意義なものです。
この高級羊毛筆も作れる職人さんが減ってきています。応援の意味でもこれからも沢山買っていきたいと思います。

以上、ただの筆愛好家の研究報告でした。

この記事の著者

藤井碧峰

1990年2月富山県砺波市生まれ。平成生まれの若手書道家として、古典臨書に基づく正統派の書が持つ本物の字の良さを追求しながら、現代的で、誰よりも敷居の低い、身近な書道家を目指して活動しております。第七回比田井天来・小琴顕彰佐久全国臨書展 天来賞受賞。令和元年、日本三霊山 立山山頂 雄山神社峰本社に看板奉納。

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