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BLOG 書道・筆文字

書におけるネット投稿の難しさと趣味としてあるべき姿

インターネットと書道投稿

このブログでは日々の投稿に画像を交えて作品を紹介したり、「書道家藤井碧峰 作品集」としてこれまで書いてきた幅広いジャンルの作品を掲載させていただいております。
またこれ以外にもInstagramFacebookでも日々、様々な作品を投稿しております。

「龍」書道家 藤井碧峰作品集

今では私にとってネットを介して書作品を披露することは当然のこと、それ自体が仕事なのでそうなのかもしれませんが、以前はそうでもありませんでした。
ずっと書道が好きで続けてきた私ですが、嫌なことも沢山ありました。
今回このことを書くかどうかで結構悩んだりもしたのですが、書を通して知り合った人の中には、この話をして同じ人がいたということで気が楽になったと言われたことが何人かいたので記そうと思います。

かつて私は周りからの圧力によってネットへの投稿を出来なくなっていた日々もありました。
趣味として、道楽として書道をやっている身として、ネットに投稿して多くの人にそれを知ってもらおうとすることはごく自然なことです。

枯樹賦 

私はFacebookで競書誌に写真版に載った作品を頻繁に掲載していました。(↑のように)
Facebookには教室に一緒に行っていたお友達も沢山いるし、また書道をよく知らない人もいるけど、「自分は未だにこうやって書道頑張っているんだよ。書道にはこういう世界もあるんだよ」という姿を見てもらいたくて、また仲間を増やしたくて投稿していたのです。 
その投稿に対して書道をやっている人から嫉妬心を持って見られて、注意を受けたことがあります。
「自信があって見せつけているのか?」など、思ってもいないことを言い掛かり付けられたりして。 

自分は全く間違ったことをしているつもりも無いのに。
何かおかしい文面でもあったのかな?と思い、他の友達に聞いてみても「藤井のあの投稿のどこが悪かったんか分からん!」と言われ。
でもいやらしいので書道の投稿はしばらく止めていました。 

書道家藤井碧峰Instagram 

その事件からしばらくしてFacebookを避けて、書道Instagramを始めました。
書道Instagramは盛り上がっていて、幅広い交流があってここならやっていけると思いました。 
最初はあえて名前を出さずに、身の回りの知人友人には内緒でやっていましたが、次第に作品で正体がバレて名前を出すことに。(競書雑誌書作の関係で)

Instagramは書道に関係のない方からも見てもらうことができます。
拙い作品を見ていただいて嬉しいコメントを頂いたり、自分の考えを理解してくれる人や仲良くしてくれる書友が増えていき、次第にここが自分の居場所だなと思いました。
正直なところ、二十数年やっている書道と言えど最初は投稿も結構怖かったものです。
書道教室を開くことの出来る師範の資格を持ちながらも、あくまでも見習いの身でした。

瀬戸倉山登山|粟巣野、らいちょうバレー、百聞滑 

先生に見てもらっていない作品は、会社で言う上司に確認のハンコを押してもらっていない文書のようなもので、投稿した時に上手い人に見られたら”下手くそだな”とか思われそうで怖かったです。
実際にマイナスなコメントばかりしてくる、審査員クラスの人たちがウチの投稿に現れたりして、すっごくいやらしかったんですよ。
書道の世界はそれぞれの会派ごとにやり方が違ったりするので絶対的な答えが無かったりするのに、平気でそれを自分の思うような指摘をしてきたりするという感じで。
しかもそういうオジサン(あ、性別言ってしまった)に限って、女性の投稿に対しては気に入られようとするコメントばかりするので、表向き嫌味に見えないんですよね。
あとはあえて墨をあまり付けないで書いた作品に対して「もっと墨量あった方が良い」みたいなコメントをした人もいて、どういう意図でそうしたか分からないのに、何言ってるの?ってなって戦ったこともありました

誰かに師事している人を相手にするという場合は、そこにはそこの教え方があるということを前提にお話しなければなりません。
それが間違っている、と言うことは下手するとお師匠様をも否定することにもなりかねないので危険です。
あまりに酷い時はフォロー外したりブロックして対処しましたが、自分の行動がどう見えるか想像もしない人は怖いです。

この手の人たちにおいて感じたのは、自分が作品投稿者に対して何かしら上に立っているという感覚があって、指摘することが良いことだと思っているという感じですかね。
言ってあげなきゃ、という感じではなくて”言いたい”ってニュアンスを感じました。
でもそれは相手の立場なんて考えてなくて、表向きに指摘するということは”相手を下げる行為”であることを理解していなければいけません。
私がこの手のことを頼まれたりして言う場合には、メッセージ機能等を使って裏で伝えるというようにしてきました。

瀬戸倉山登山|粟巣野、らいちょうバレー、百聞滑

ネットでは本当に色々ありましたよ。
でも良かれ悪かれ「書道の良さをもっと多くの人に広めたい」この気持ちは、独立する前も今も一緒です。
この気持ちがずっと根底にあるからこそ今もネットで堂々と投稿を続けています。

趣味とは何ぞや 

多くの人は書道を趣味としてやっています。
しかし一部の人は仕事としてやっています。
ここに大きな認識の開きがあるように感じます。

セリカ

かつて車でサーキットを走ることが好きで、その世界にドップリ浸かってっていた私には趣味のあるべき世界が分かります。
それは言うまでもなく楽しいことです。
逆に言えば、楽しくなければ趣味ではありません。
 
車は本当に楽しかったです。
【みんカラ】というSNSを通して出会った方々と直接会ったり、一緒にサーキットを走ったり、オフ会をしたりと、刺激溢れる日々でした。
時には全日本ドライバーの横に乗せてもらったり、時にはニュルブルクリンク24時間レースのドライバーに愛車を運転してもらったり。

ランサーエボリューション

業界での有名人とも直接お話させて頂くことが何回もありました。
有名人や憧れの人と会ってお話する、それが物凄くモチベーションに繋がりました。

今年に入って車を乗り換え日々好きな車に乗っている私なのですが、久しぶりに走りの世界に戻ってきたということで大学時代から親しくしている年上の友人(凄まじい車オタク)が連絡をくれました。
その人は免許取ってから20年近くずっとサーキットを走ってますが、私は途中起業で離脱していて愛する車をも手放していたりしていたので、走る車に戻ってきたことを凄く喜んでくださったのです。
実際に私自身サーキットアタッカーに戻れる気はしておりませんが、趣味で仲良くなった人は裏切らないな、いつまでも良い関係でいられるなと感じた次第です。   


DSCN3229

多くの人にとって書道は趣味であり道楽です。
仕事となった今も私は楽しくやっています。
筆を買い過ぎて、筆掛けに掛けるところが無くなってきてしまったくらいです。
メーカーさんに筆掛けの画像を見せると笑われ、書道用品店の人には「もう筆いらんやろ」と言われてしまう始末です。

好きなことが趣味・仕事に分かれる境目として、
好きなことにお金を使うのが趣味。
好きなことでお金を使ってもらうのが仕事。
と言われたりもします。
私は仕事にしておりますが、感覚的には筆好き過ぎて趣味的な要素が大きいかもしれません。
いずれにしても楽しくなければ趣味は続ける意味も無くなります。

書道人口減少の主な理由は人口ピラミッドのことも含まれると思いますが、第一に楽しんでいる人の減少が理由だと思うのです。
筆を持つ機会が根本的に少ない現代の生活のなかで、筆の楽しさに触れる機会自体が少なくなっていると言えます。
あったとしても筆ペンなのでしょうが、活字を容易に利用できるこの世の中ではその需要も少ないです。

書道家 藤井碧峰作品集

書の創作的な世界は様々な書き分けをできるほど、筆を様々な角度から使うことになるので、書くこと自体の楽しさがあります。
新しい自分を生み出す楽しさもあります。
ただそういった創作主体、公募展の世界ばかりが目立っても、私は書道の魅力が世の中に浸透するとは思えません。
それはある程度熟している腕前の人だからこそ分かる楽しさであるからです。
自分がある程度書けるからこそ、その凄さがようやく分かる、ということが多いです。
見る側に回った際も同じです。

でも実際にはそんな難しいことをしなくても、書くこと自体が結構楽しいんです。
私の書道教室はまだ経験者でも3年ほどしかいないのですが、同じ課題をやっているだけでも案外飽きないようです。
ペン字講座でも同じです。
1時間半ひたすら名前を書いていても、案外飽きないものです。
それはその課題に難しさを感じている、ということが前提ではあるかもしれませんが、人は”難しい”から”楽しい””面白い”と感じるところがあるからです。
その感覚を引き出すのも指導者側の努力次第ではありますが。

そして”書くこと自体楽しい”は当たり前のことではありません。
課題提出が迫っているなかで上手くいかないことも時々あります。
そんな時に必要なのが、”その場にいることが楽しい”ということだと思います。
書くことが楽しくなかったら日は、書道が楽しくなかったということになりかねません。
なので、書道を通して得られるものも価値に含めることが大切だと感じています。

でもそんなことも、私は車、スキー、卓球、登山など、多くの趣味を通して感じてきたことです。
書道だけしてきていたら何が大切な要素なのかも気づけなかったかもしれません。
やっぱり楽しまないとですね。

未来

【書道はもっと趣味的であるべき】

色んな経験をしてきて、私が常に思い続けることです。

「魂」全体

趣味とは何なのか?
楽しいとは何なのか?

それを考えた時、車で楽しく周りと交流していた時のことを思い出します。
地位も年齢も、性別も、車も、地域も関係なく、好きなことに対して、時間を忘れて交流できる。 
何か障壁や圧力を感じることも無く、純粋にそれに対して楽しめている。
それが健康的な趣味だと感じています。

今起業から4年半ほど経って、車で出逢った友人たちが時々ペン字講座に来たり、仕事の依頼を頂いたりします。
それも頼まずとも自然に来てくださるのが嬉しいところで、これが趣味でできた友人の良さだなと感じます。
会社員時代仲良くしていた人から仕事頂いたことはほぼ皆無です。
それは自分の何かが不味かったのかもしれませんが、私が思うに利害関係のある付き合いだったかどうかが違いだと感じています。
車での活動ができなくなった今も、こうして仲良くしてくださる友人たちが支えてくれていたおかげで、自分は一人になることもなかったし本当に恵まれていたなと。

おわらサーキットに復活。車への熱い想い。|カローラランクスZZE123

純粋ににそうやって楽しめる環境、コミュニティを作りたいなといつも思います。
そうして今形としてあるものが藤井碧峰書道教室、ペン字講座の場ではあるのですが、もっと大きな枠組みでも作り上げたいなという風に時々考えますね。

この記事の著者

藤井碧峰

1990年2月富山県砺波市生まれ。平成生まれの若手書道家として、古典臨書に基づく正統派の書が持つ本物の字の良さを追求しながら、現代的で、誰よりも敷居の低い、身近な書道家を目指して活動しております。第七回比田井天来・小琴顕彰佐久全国臨書展 天来賞受賞。令和元年、日本三霊山 立山山頂 雄山神社峰本社に看板奉納。

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