富山・笹倉神社石標・鳥居の書|日下部鳴鶴先生に感化され続ける
富山・笹倉神社にて
石碑について詳しい知り合いの先生から教えていただいて、婦中町の笹倉神社に行ってきました。
こちらは5年前にも訪れており、日下部鳴鶴先生門下の近藤雪竹先生の隷書による「笹倉神社碑」があるのを見に来た場所です。

その笹倉神社の鳥居、石標が日下部鳴鶴先生の書であることを知り、来た次第です。
雷雨(土砂降り)になる手前の夕方なので少し暗いのですが、画像加工で乗り切ってみました。
まずは笹倉神社の石標と鳥居です。
この先生の隷書の雰囲気が非常に好きです。
何で前回気づかなかったのだろうと思ったりもしますが、当時日下部鳴鶴先生の書として見た数が少なくて反応できなかったのでしょう。



この石標や鳥居の前面以外にも字が書かれています。
見所満載なのです。






貴族院議員の浅野長太郎氏が寄贈したものです。
近くには浅野長太郎氏が誘致した日産化学工業もあるのですが、その大きさを想うと人としての迫力を感じざるを得ません・・・
そしてこの近くに【興徳院浅野君紀徳碑】という、浅野長太郎が建碑した石碑もあります。
見所沢山で参ってしまいます。
日下部鳴鶴先生に感化され続ける
時々県外に行ったりする際にも、日下部鳴鶴先生の石碑など無いか下調べしてから行くことがあります。
ポケモンとかドラゴンクエストみたいに、見つけると嬉しいものだったりします。
昨年見に行ったのは湯島天満宮。
隷書で書かれた【湯島神社一千年祭碑】というとても大きな石碑があります。

日下部鳴鶴先生の隷書の石碑は珍しいそうで、それまた見れて嬉しいものです。
ただ、ここにもう一基あった日下部鳴鶴先生揮毫の石碑は、最近手にした書籍によると破棄されてしまったとのことです。
このように、日下部鳴鶴先生の生きていらっしゃった時代を思うと損壊したり、破棄されるということもあるので、意外と早めに見て回った方が良いのかもと思ったりもします。
少し複雑です。
砺波市周辺に日下部鳴鶴先生揮毫の石碑や看板等が多く存在するのですが、まだ砺波市内に2基あるという情報を最近得て、心はワクワクしています。
身近にあった石碑を通して日下部鳴鶴先生に出会い、日下部鳴鶴先生についてWikipedia巡りをしていたら比田井天来先生に繋がり、そこから僕の古典臨書道が始まりました。


最初はどういう書なのかも分からない自分でしたが、どことなく力強さを感じていました。
それは太く書くわけでは無いのに、力強いというところに魅了を感じていたのかもしれません。
そして楷書の碑であったこと。
今も楷書に想いを強く持つ自分の中には、この石碑の存在が大きくあるのかもしれません。
太くないけど力強い。
筆力がある。
ここにいつまでも魅せられて、今後も日下部鳴鶴先生の書を探していくことでしょう。





