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藤井碧峰が書道家になった理由

全てが偶然のようで必然的に

昨日、何で自分は書道家になったんだろう?と振り返っていました。
それは後悔の意味ではなく、今良い日々を送れていて、色んな出会いに感謝していて思ったことです。

振り返れば小さい頃、4歳の時から書道教室に通ってきて、既に中学生か高校生の頃から先生には、
「書道では食べていけないから、この道でやっていくことは考えないように」
と伝えられていました。

そのため、私の中では本当に書道家としてやっていくという意識すらなく、小学校、中学校時代は毎年のように書き初め大会で県大会に行っていたものの、高校入学時に書道部ができたにも関わらず卓球の道を選んで、のちに私は卓球部部長になったのです。

書道でやっていくという意識が無い故に、大学受験時も書道の勉強の道は考えず、経営学の道のみひたすら探しました。

立山山頂雄山神社奉納登山|富山県の書道家藤井碧峰 

何故経営学か、というと中学校の頃から既に経営に対する憧れがあったからです。
自分のやりたいことがあるなら、自分でそういう環境を作っていかなければならない。
また、人の下や組織の一部では思うように動けるわけがない。 
そういう考えが根底にあって、他の学生のいる中では極めて奇抜な考え方だったようです。

だから富山大学経済学部経営学科に入学し経営学の道に入りました。
当時から周りには、「何の分野で起業するの?」と言われていました。
いつも「その時その時のベストがあるはずだから、その流れに任せる」と答えていました。

私は決めつけてしまうことは柔軟性を損なうと思っています。
それまでの人生を考えても、様々な出会いがあり、その中で流れがあって、今の道に繋がっていたことを偶然ではなく必然的に感じていて、ある意味では神秘的にも感じていました。

これが今の自分の中にも生きる考えです。
計画性を第一に考える人も沢山いて、そういう人からすると私のような人間は非常にもどかしい、口出ししたくてたまらない存在なのだそうです。笑  

きっかけも必然的に

富山県の書道家藤井碧峰meta

大学時代も、社会人になってからもずっと同じ書道教室に通っていました。

先生は辛口で、いつになっても褒めてもらえないようなそんな頑固な人でした。
周りからは上手いと言われるけどお世辞にしか聞こえません。(今も結構そうですが)

それから何度か昇段試験や師範認定試験を経る度に、自分のポテンシャルみたいなものを知りつつも、やはり書けない自分という存在は自分が知っていて、それは今も同じです。

だけどせっかくやっているんだし、とネットのSNSで小さい頃一緒にやっていた友人たちに作品見てもらおうと思って、「続けていたらこうなりました」みたいなのを見せれたら良いなと思って投稿をするようになりました。

しばらくそれを続けていたのですが、思わぬところより批判されて投稿を止めました。
徹底して消しました。
こんなに悔しかったことはありません。

書道家藤井碧峰Instagram

その頃、頻繁に会っていた大学時代の友人にInstagramを紹介されたのがきっかけでInstagramを始めました。
当初は風景画像だけ投稿していたのですが、検索で「#書道」と調べると素敵な作品が沢山あって、その中に入ってみたいと思って自分も投稿するようになりました。

最初の頃はプロフィール欄に名前を出さずにいたのですが、競書誌書作に出している人だとバレて、また風景写真よりも反応が良かったので、書道専用アカウントを作ることにしました。
(Instagramは何かに特化した方がフォロワーが増えやすい) 

それからは書道アカウントばかりだったのですが、風景写真アカウントよりフォロワーの増え方が凄いし、色んな方がコメントしてくれるので楽しかったです。

名前を出さず、所在も明らかにせず、今の自分は作品だけでどれだけ勝負できるだろう?と思って、投稿し始めたところ、想像以上の展開に何も感じずにいられませんでした。  

出会いが人を成長させる

書道アカウントを始める少し前、私は会社に辞職の意を申し出ていました。
その時2017年8月31日。

辞めて何をするとかきめていたわけでもなく、ただ27歳のうちに自分の進退を決断しようと考えていたからの行動です。

実はその時にすぐに辞められていれば、すぐに事業を引き継ぐことのできた会社がありました。
これが時のいたずらというもので、そこに入ってから何かを探すという手段もあったのですが、勤めていた会社の意向により3月いっぱいの退社となりました。

それで何点かやりたいことはあったものの、具体的に何をするか決まらないまま3月末になりました。

富山岐阜 白木峰登山

私には楽しみにしていたことがありました。
九州までの1人旅です。
【2018年4月9~20日 富山~九州男の1人旅 12日間総集編】 

この道中、やりたいことが本当に自分に合うものか確かめるため、そういう見識を深めるための寄り道も多数ありました。

結果として、この旅での出会いがもととなり私は書道家の道を選びました。
今思えば無謀な決断だったかもしれません。

1年経ってよく分かりますが日々の成長が大きく、今もなお発展途上です。
1年前だから書けたものもあるし、今だから書けるものもある。
この点において、常に誠意持って仕事しているからこそ、お客様に損をさせないことは約束できます。

書道家の道は本来、作品展などで活躍して名前を売って、何十年も経験した人が進むものであったり、書道を専攻して教員免許を取り、書道の先生になるというものが普通かもしれません。

自分みたいに元々そこまで書道の道を考えていなくて、Instagramがきっかけで書道の道を考えるようになったっていうタイプは極めてレアケースです。
特にこれで食べていかなければならない、男としてこの道を選ぶのは結構危険です。

だけど自分じゃないとできないことが沢山あります。
既にインターネット業界の方にはお褒めの言葉を頂いておりますが、パソコンというものを有効利用して書を、筆文字を広めたいと思っています。

金の命名書|出産祝いや大切な方へのプレゼントに 

先日から発表している命名書につきましても、直筆じゃないからこそできる価格の実現やオリジナリティの出し方など、自分ならではを追究しています。

この裏側では沢山の書道家の方のアドバイスを頂いております。
中にはInstagramで出会った方もいらっしゃいますし、こうしてホームページを持っていることがキッカケで再会した方もアドバイス頂いています。

佐久全国臨書展でお会いした後にSNSでやり取りするようになった方にアドバイス頂いたり、また現地で出会った石飛博光先生に今師事させて頂いております。

自分が29歳の若者で、至らないことも沢山ある中で、信頼関係の上でちゃんと指摘してくれる方が何名もいるからこそ、こうして1年以上たった今も仕事をできています。
これは本当に幸せなことです。

何かのイベントで出会った方が、更に他の方に自分を紹介して頂いたりして輪が広まって。
意外なところで繋がったりして。

1年前、私は起業したてであまり行動を起こせずにいましたが、今や活動的に外に出てばかりいます。
この流れも、色々な出会いがあって自然とそうなりました。
全てが偶然のようで必然的に起こったことなのです。

見返りを求めず頑張っていれば自然と流れが変わってきます。
それ非常に不思議なことではあるのですが、自然と周りの方が助けてくださって、育ててくださって。
本当に感謝しか無いです。
自分は今、色んな方に支えられて生きているんだ、そう感じられる今が貴いです。

「共に生きる」書道直筆パネル作品

思えばこうした感情を得られるのも、全ては必然的な流れだったのかもしれません。
小さい頃から何も才能に恵まれてこなかっただけに、だからこそ今を楽しめるのかもしれません。

まさかの流れを作るに至ったInstagram。 
それもちょっとした一声から始めたこと。

他人にはくだらないことと思われたりするかもしれませんが、自分を変える人の出会いとはどこに隠れているかも分かりません。

先日の立山山頂雄山神社への奉納登山もInstagramでの偶然の出会いが生んだもの。
全てはご縁。
ご縁は偶然のようで必然的なもの、運命的なものでもあります。

とにかく動くこと、人と出会うこと。色んなところに種を蒔くこと。
くだらないと思っても騙されたつもりでやってみること。
これが時に良い流れを作ります。

この記事の著者

藤井碧峰

1990年2月富山県砺波市生まれ。平成生まれの若手書道家として、古典臨書に基づく正統派の書が持つ本物の字の良さを追求しながら、現代的で、誰よりも敷居の低い、身近な書道家を目指して活動しております。第七回比田井天来・小琴顕彰佐久全国臨書展 天来賞受賞。令和元年、日本三霊山 立山山頂 雄山神社峰本社に看板奉納。

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