藤井碧峰
1990年2月富山県砺波市生まれ。平成生まれの若手書道家として、古典臨書に基づく正統派の書が持つ本物の字の良さを追求しながら、現代的で、誰よりも敷居の低い、身近な書道家を目指して活動しております。第七回比田井天来・小琴顕彰佐久全国臨書展 天来賞受賞。令和元年、日本三霊山 立山山頂 雄山神社峰本社に看板奉納。
INFORMATION
1カ月前の話になりますが、いつも良い仕事をして頂いている方から色紙作品の依頼を受けました。
ドラムで日本最速?と謳われているそうで、それにちなんで「最速」という字を依頼されまして。
”速さ”というと、自分にも譲れないものがあった時期があっただけにイメージを大切にして書きました。
そういう意味では「自分にとっての最速とは何か?」というイメージを表した書になります。
かつてZZT231セリカでおわらサーキットにてタイムアタックにはまっていた私。
1000分の1秒を削るため、どんな時も車のことで頭がいっぱいでした。
タイムを削るために色んな情報を身に付け、実行し、試行錯誤した日々。
それは他人から見れば異常としか思えない行為だったのかもしれません。
しかし、それまで生きてきた20年間で頑張っても頑張っても得られなかった達成感を車のサーキットタイムアタックという形で得ることができました。
それが当時の自分にとっては最高の成功体験でした。
「何をやっても駄目な自分」
それがそれまでの自分の代名詞でした。
ある意味では、失敗しても「また駄目だったね」で済ましていた自分がいました。
でも落胆していても、自分を慰めていても何も始まらないんです。
常に戦い続け、自分の限界に挑戦し続けることでしか、自分を高めることはできません。
【スピード】という世界は色んな要素が絡んでいますが、ある意味単純です。
”誰よりも一番速くゴールに入った人の勝ち”
それが自分が知った”勝利”を手に入れるための答えです。
”上手い”ということは関係ありません。
上手い人間が勝つわけではありません、勝った人間が上手いのです。
ましてや車ではチューニングにお金をかけるorかけないの話になりがちですが、お金をかけないでいる人が、お金をかけている人に妬みを持つべきではありません。
お金をかけられない時点で気持ちが負けているのです。
お金が無いなら職を変えてでも車に全てを賭けるだろうし、何も言い訳になりません。
生活を犠牲にしてでもサーキットに全てを賭けているかもしれません。
物事は常に多角的に見る必要があると思います。
卓球だってそうです。
大会のたびに「誰が強い」とか何とか言いますが、違う。
「勝った人間が強い」
「勝った人間が偉い」
シンプルにそう考えれる人間が勝ちます。
当初、私にとって”速さ”とは『美しさ』でした。
それはスキーのオーストリア、ベンジャミン・ライヒの滑りに影響を受けています。
しかし、競技スキーの経験、サーキットタイムアタックの経験を通してそれは覆されました。
”荒々しさが必要”だと。
スピードを削るには、貪欲に攻めていく気持ちが必要です。
私は”美しさ”を先に求めて失敗していました。
そういう意味で、あえて美しさにこだわらず荒々しさを出したのが、この依頼頂いた色紙です。
完璧を狙わない、荒々しさ。
それがこの色紙の魅力だと思います。
「純粋に良いモノを書け」と言われれば、渇筆の出し方も変えます。
しかし、書道家として常に言葉の意味を考える私が、特に思い入れのある言葉を依頼頂いた時はこんな感じでイメージを元にして書くということですね。
そういう意味では、思い出に残る一品となりましたので、投稿にて紹介させて頂きました。
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