年末年始のこと|書家や書道教室をするうえで気を付けたこと
新年を迎えまして

皆様、今年もよろしくお願いいたします。
この年末年始は会社員時代の先輩方に隣街で偶然お会いしたり、またご一緒できる時間があったりと幸せなものでした。
また会社で特に身近だった方々との再会だったから、とりわけ嬉しかったですね。

毎年恒例の高岡山町ヴァレーでの正月遊びイベントで、書き初めの担当にも行ってきました。
『通りすがりの方がたまたま入った施設で、気軽に字を書けるということで久しぶりに筆を持ってみました』
といったシーンを何度も見てきたのですが、街歩きという文化があまりない砺波に住んでいる人間としては非常に楽しい場で、こんな空間が他にも展開されていくと良いなと思いました。

一応講師としてその場で手本は書きますが、まずは書くことを楽しんでいただくことを第一にやっています。
それでも、毎年この場を修行の場の如く、その年のテーマの言葉を考えて挑まれる方もいて、自分もこのイベントがあるおかげで年明けした気分になれるような不思議な場所です。
初めてお会いした方は、夢中になって2時間ほど書かれていました(笑

そして先日は上京して銀座、日本橋で書展巡り。
僕は石飛博光先生の博光会に所属しているのですが、各展示場所を見て、良い環境で学ばせていただいていることの喜びを味わい、嬉しい気持ちになりました。
ここに来ると自分の小ささを知ることができて、”もっと何かを”と欲する気持ちが自然に生まれてきます。
自然とそう思わせてくださるというのは、やはり魅力的だからこそ、そうなっているということでしょう。
書道家や書道教室をするうえで気を付けたこと
いきなり話題は変わりますが、書道家や書道教室をするうえで気を付けたことを記してみたいと思います。
(どうしても年末年始は色々振り返ってしまい、、、)
他にも出てくると思いますが、今回は2点の決めていた【しないこと】について書きます。
書道は地域性のあるもので領地侵犯をしないこと
よく水上碧雲先生にも言われたものですが、「その地にはその地の字を書く書家がおるもんや」と何度も聞きました。
僕が周りから憎まれて、早めに終わるのを防ぐために言ってくれたことですが、今もこれは大切に守っています。

富山でいうと、砺波地域は前衛書、富山市周辺は色々、東の地域は近代詩文書(漢字かな交じり)といったような雰囲気もありますが、その中でももっと小さく地区(ムラ)ごとに書家がいるものです。
要は書家が住んでいる場所には、その人の字が根付きやすいもので、ムラの行事であるお祭り関係、施設のことなどは基本的にムラの住人である書家に頼まれることから、領地のように考えると良いです。
そういう意味では、かつては藤井一南先生、飯田乕山先生、水上碧雲先生が砺波市中野という村の中の様々な場面で書を提供したものです。
書き手がいない今となっては、中野村の書家=藤井碧峰といったような流れになるのですが、それは地域の仕事受け放題という意味ではなく、地域のために無償で働くことも沢山あり、一方でビジネスマンですから大義の無いものは断ります。
この看板なんかは、家にあるサクラの木材を無償提供しましたが、村以外のことだと使わないと思います。
先に使われていた板を製材するという方法もありますが、看板に向かない杉だったことや、自分の地域への想いがあるからこそ、良い看板にしたいという流れの中でそうしています。

というわけで、基本的に他の地域のお祭りや行事のことには誘われても断ったり、他の書家がいないことを確認してから慎重に受け入れています。
仮に受け入れたとしても僕らは弱い立場で、「その場で自分が書くべき条件」が揃っていないので定着はしないものです。
”良い字を書くから””付き合いがあるから”といった理由は、そこで定着しないし、深い理解を得られにくいです。
ということで、書家がいないという理由で呼ばれても、数年以内に他の方を探していただくという前提で接することも大切だと考えています。
それくらいに良い書き手が他に現れてきてほしいし、各地域に字を書ける人がいることが明らかに地域にとってメリットだから、そういうスタンスでいます。
固定した時間を作り過ぎない|【書道教室を設ける=時間を拘束される】
書道教室を設けるということは時間を拘束されることだなと、起業した頃からずっと思っていました。
会社を辞めた瞬間に僕は自由の身になり、仕事が自動的に回ってこない代わりに、自由に時間を組み立てできるようになったからこそ、そう感じたものです。
今は水曜日の夜、金曜日午前・夜に書道教室をしているので、所属する会の集いや、友人知人の飲み会に誘われても『水、金曜日は毛頭参加できない男』という設定になっています。
夜仕事をすると言っても、日中も仕事しているので割とタフな仕事です。

これを良いように捉えると、自分で”安定収入を得られる時間”を”拘束の時間として切り売りしている”ということです。
サラリーマンはある程度決められた時間に働き、給料を頂いているわけなので、書道教室における日時設定においても同じような感覚で、安定収入を増やしたい方はその時間を増やすことで、目的を達成できるのかもしれません。
昔ながらの考え方もあります。
僕の場合は稽古屋さんになりたいわけでなく、第一に作品をお客様に届ける書き手でありたい、また他の方と違う一手を投じられる書家でありたい、といった点で挑戦者でありたいが故に、自由な時間を沢山欲します。
自由に時間を動かせるからこそ、日々素敵な方々にお会いできるし、色んな場所に行き来できるし、こんな幅広いブログも書けるというところです。

逆に拘束の時間は、”素敵な拘束の時間”にするようにしています。
それをできているのは、良い生徒さんが集まっている書道教室だからです。
その書道教室を構築できるのも、自分で歩む道を選択できる個人事業主だからであって、世の中の運に任せて何もかもを委ねるとロクなことになりません。
こういったように悲観的に物事を見ながらも、それを裏手に取るかのように最高の結果を出すことを意識して、いつも楽しくやっています。




