書作品の真贋の判断と選び方|その書き手らしさ
作品の真贋の判断と選び方

先日、日下部鳴鶴先生の絖本(書画を描くための「絖(ぬめ=光沢のある上質な絹布)」のこと、またはその布地に描かれた書画)作品を入手しました。
総丈:201×61cm、絖本:151×40cmで、なかなかの立派な大きさです。
仕事場に飾っていても、なかなかの存在感です!
ずっと地道にヤフーオークションを見てきて、これだ!と思った作品をいつか落札しようと思っていたので、今回本気で欲しいと感じた作品を手に入れることができて嬉しかったです。
というのも、近所にある日下部鳴鶴先生揮毫の石碑の影響を受けて行動を起こし、ここまでの活動をしてきたから尚更です。

今回は、自分の思う”日下部鳴鶴先生の書らしさ”の出ている作品を求めていました。
というのも、以前鳴鶴先生の書画をヤフーオークションで入手した際、「真作」と書かれていたものの、家に届いた作品を見て疑問に思ったからです。
使用されていた印も大量にあるということで、作品集に掲載しきれないものと想像できますが、手元の作品集の数々からはそれを真作と断定できることも、逆に贋作とみることもできないので、少し複雑な気持ちになりました。

↑これが実際の作品ですが、小さいとその”日下部鳴鶴先生の書らしさ”が感じ取りにくかっただけなのかもしれません。
ということで、買う前まではウキウキしていたものの、結局飾らずにいるという作品になりました。
それからというものの、鳴鶴先生に関する資料も沢山集まり、少し前には砺波市の郷土資料館にて鳴鶴先生揮毫の「中越銀行株式会社」の字も自分の目で発見することができ、多少は見る目を養ってきたつもりです。
【書家も歩けば書に出合う】|日下部鳴鶴、富山ゆかりの書家の書

今回の作品のこんな書き方の箇所とかたまらないですね。
見ていて気持ち良いものです。
そんなこんなで、他にも沢山書軸を仕事場に掛けているのですが、我が師である水上碧雲先生が師事されていた中田大雪先生の作品を、これまたヤフーオークションで見つけたものを入手しております。
ただし、その作品は「【模写】わずかでも真筆に疑義のある作品、当方で判断できない作品、所定鑑定人が不在の作品」と記載されており、瞬間ウッとなったのですが、手元の中田大雪作品集を見たところ、どう見ても印が中田先生のものでしたので、安かったこともあり思い切って購入しました。

左がその作品で、右は富岡鉄斎の作品の複製品。
手元に届いてから、改めて印の箇所や落款の書き方を見て判断していたのですが真作でした。
中国地方から届いたこともありますが、中田先生は富山の先生で、おそらく判断材料が無くて真作とできなかったのであろうと想像しました。
作品全体も良いですが、この落款、「大雪山人書」の書き方とか、当時の創玄書道会を感じられて良いですね。

そんなこんなで収集癖のように、先人の書を色々と入手してきたのですが、やはり先述の件のように、真作であろうと何でも買えば良いという風には思わないようになりました。
求める雰囲気があって、自分にとって良い刺激となること。
また、自分の系統を愛することは大切ですが、先人の書は自分の書を肯定するものでは無いと思います。
僕の場合は近代書道に繋がるその系譜を意識して集めている気がします。

比田井天来先生の作品は好きですが、日下部鳴鶴先生と同様、大変人気のあった書家であるが故に、ヤフーオークションに出品されている作品のなかには「真作」と書いてあるものの贋作でしかないものが、過去にいくつも見受けられました。
色んな業者がいるので、そこは要注意ですね。
書はある程度上手い人なら、原本となる作品があればそれなりの真似はできます。
ただ天来先生の作品においても、真似しきれない線があることが分かります。
また実際に目の前で本物を見れば、墨の色合いなども加味して考えて、判別できると思います。
でも何よりも大切なのは、単純に有名書家の作品を購入するということではなく、有名書家の”良い作品”であることが大切なのかなと思います。
そこを蔑ろにしてしまうと、書き手やコレクターとしては良い買い物とは言えないはずです。

あと、判別に関わることと言えば硯ですかね。
こちらは【坑仔巌端渓硯】ですが、ずっとお店でみたり、ネットも見たりと、何度も買おうか悩んでいたものの、良いものでなければ意味が無いし、本物でなければ意味が無いので、購入を控えていました。
昨年、行きつけの書道用品店の即売会にて、とことん詳しい中国人の業者さんと直接モノを見ながらお話して、その上でこれだなと思い購入しました。
一方的に中国から坑仔巌、麻子坑、老坑などといって送られてくるものは、原石が本当にそこから取られたか怪しいものが多く、直接現地で見て、仕入れてきた人は強いなと感じました。
良い原石が取れることは、今はもうあり得ないようですし、硯に出る貴重な模様も、悪いことをしてそれっぽく作ってしまう業者もいますから、若いうちに良い硯を入手できたことは嬉しかったです。

あとは実際に硯で墨を磨って、他のものとの違いが分かるようになっていきたいです。
こればかりは、相当時間が掛かると思うのですが、とにかく数を重ねて試していくことですね、、、
そんなこんなで、本物がどうとか色々と書かせていただきました。
仕事場にもいくつもの良い本物の書を飾っておりますが、これらの書が持つ雰囲気、それはあくまで線の積み重ねによって構築されており、そこにいて気持ちの良いものです。
間違いの無い、良いものに囲まれ、また作品に見守られているような気持ちもありつつ、これからこの仕事場でより”本物”という言葉と真剣に向き合っていきたいと感じております。




