書家や書道教室をするうえで気を付けたこと④|顔出ししない、地元の業者を大切に
書家や書道教室をするうえで気を付けたことシリーズ
一度息抜きをして、また登場「書家や書道教室をするうえで気を付けたこと」シリーズのPart④になります。
自分でも管理しにくいので、それぞれの回の見出しをここに書き出します。
Part①
「書道は地域性のあるもので領地侵犯をしないこと」
「固定した時間を作り過ぎない|【書道教室を設ける=時間を拘束される】」
Part②
「起業して半年やって何も芽が出なかったら撤退する」
「自分を大きく見せない」
Part③
「必要のない作品は書かない。無理に売ろうとしない。」
「自分のところである必要がなければ断る」
こんな内容のことを、このシリーズにも限らず、これまでも多くブログに書いてきました。
書道のみならず、多くの人が見逃しているのは戦略的な目線です。
多くの人は戦術となるところばかり気にしているのですが、戦略が明確であればいずれ戦術は自ずと見えてくるものです。
ブログ書いているとよく分かるんですが、記事の毎回のざっくりとした内容、方向性みたいなものが見えてこないと書けないわけです。
そういう意味では、このシリーズって結構書きやすいですね。
それでは今回もご覧くださいませ!
顔出しをあまりしないこと

SNSやホームページ等で顔出しをあまりしないことを起業当初より大切にしています。
これは人によっては出した方が良いという話ですが、あまり出さない方が良いという考えで来ていますね。
何故かというと、【顔を売るわけではなくて、字(書)が売れないと意味が無い】ということで、そのように歩んできています。
起業前から違和感を感じていたからそうしているのですが、世間の売れている、人気のある書家とされる方々の中に、実力じゃなくて顔で売れている人が散見されるということを言っています。
書家とは何なのか、と何度も書いていますが、「作品が売れないと書家とは言えない」という考えが強くあります。
でも顔で売れている人の中にも、作品がよく売れているという人はいるわけです。
となると、売れている理由が大切だと思います。
作品が良いから売れているのか。
それとも有名だから良いと思われて売れているのか。
もしくは、(下心で)お近づきになりたいから売れているのか。
自分は書き手として、【作品が良いから売れる】という理論で勝負したいです。
逆に作品が良くなければ売れない、この世に書家で生計を立てている人間として存在できなくても良いです。
それが理由のうちの一つ。

もう一つは、ネットで顔出ししている人(特に女性)の多くが、ファンと見せかけて粘着性な人に苦労されています。
顔出しすると、野菜の生産者のように安心感が出るという効果もあるかもしれませんが、その効果測定は如何に。
「作品with私」的な写真は一部のファンにはウケるんですが、結構危険だとは思いますけどね。
僕も作品展に出すようになって10年ちょっとですが、「作品with私」みたいな感じで自作と一緒に写真を撮るという慣習が書道の世界にあるのを知っています。
元々写真に写るのが好きじゃないので途中から遠慮していますが、自分がいなければ作品として見易かったのに、人間要らないよなとか思ってしまいます。
・・・という根暗な考えは如何でしょうか?
”書”を売りにして生きていくという姿を求める点で正統派でありたいし、正当でありたいと思っています。
そういう点で、書いた実績(看板、商品等の事例)は多く知っていただけていて、顔は分からないという自分の現状は狙い通りと言えます。
周りの業者との関係性|地元の業者を大切に
書道をやっていると、書道関係だけでも沢山の業者さんと関わることになります。
書道用品店、画材屋、紙屋、表具屋、筆屋、墨屋、紙屋等。
それも、それぞれのジャンルごとに、いくつものお店やメーカーと関わります。
普段富山に住んでいても、書道用品店の即売会などで時々業者さんにお会いしますが、ある程度買っていると顔を覚えていただけるもので、仲良くしていただいているので新婚旅行でも筆屋に訪問しましたね。
筆のことは書道用品店か筆屋に聞くし、墨のことは書道用品店か墨屋に聞く、額のことは画材屋か書道用品店、額縁メーカーに聞く、といった感じでいます。

こういった中で大切にしていることは、目に見えている身近な業者さんを大切にするということです。
他所から定期的にハイエナのように営業を仕掛けてこられますが、こちらとしては地元の業者さんとの関係があるから、お相手しないことにしています。
地元に書道用品店があったり、いつも気軽に連絡できる業者さんがいるからこそ、フットワーク軽く動けたり、書道を更にマニアックに深掘りしながら、楽しく向き合うことができます。
地元にお店の選択肢が無くなってしまえば、自分自身の選択肢も減ってしまいます。
それぞれに得意としていることが違うので、これは深刻な問題なのです。
僕もよくお世話になった高岡の書道用品店を失いました。
書道人口が減ると共に、大切なお店が減っていって、そんななか田舎で書家を続けていくことは難しいのです。

だから少しでもお互いのためになるよう、極力地元であったり、大切にしてくださっている業者さんのところで消費を続けています。
道具に不自由する書道なら、僕は楽しめないかもしれません。
いくつもの業者さんに育ててもらって、書家として生き残らせていただいているこの身を楽しみ、業者さんの励みになるような活動を続けていくこと。
これが僕の使命でもあります。




